『CARNIVAL』のこと

SWAN SONG』や『キラ☆キラ』、『MUSICUS!』などの成人向けAVG、あるいは最近の作品だと全年齢向けの『BLACK SHEEP TOWN』とか『ヒラヒラヒヒル』とかの脚本を手掛けた瀬戸口廉也については、ある程度この手のゲームに親しんだ人々には知られていよう。ここで改めて長々と説明するつもりもないので、御存知ない方はWikipediaでもご覧いただきたく思う。

 いまとなれば随分以前のことであるが、自分にはこの手のエロゲ―、ノベルゲーに熱を上げていた時代があった。最も好きな作品というと、『ランス10』(ALICESOFT)と、彼の処女作である『CARNIVAL』(S. M. L)だ。ちなみに他には、大体自分は脚本家で見ているのだが、すかぢ(『素晴らしき日々』、『サクラノ詩』......)とか朱門優(『天使の羽根を踏まないでっ』、『きっと、澄みわたる朝色よりも、』......)とか、範乃秋晴(『あの晴れわたる空より高く』、『景の海のアペイリア』......)とかの作品などが好きだ。平々凡々なチョイスであろうと思う。

 なお『ランス10』については、先立ってシリーズを通っている必要があるし、皆が不朽の名作として挙げるところであるから、あまりあらためて話す甲斐がない。というわけで、ここで『CARNIVAL』について述べる。

『CARNIVAL』の前提的筋書としては、次の如くである。本作の主人公である木村学は、不都合な記憶を忘れる気質の持主。それで知らず知らずのうちに、殺人容疑で逮捕される。彼を乗せたパトカーが交通事故に遭った隙に、警察から逃亡する。木村学は、幼馴染である九条理紗の邸宅に身を寄せつつ、学校で彼をいじめていた志村詠美への復讐を企てる、といった次第だ。

 上記のようにサスペンス要素もあり、幾分刺激的で、次第に謎が解き明かされてゆく展開も見物であるが、本作の真髄は、テクストの多くを、一人称視点による独白が占めている点であろうと思う。この筆法が実に比類なく、攻撃的でありながら共感を誘い、ときにはユーモラスでさえあり得る。主人公の魅力に引き寄せられるのだ。冒頭の文章には、いかなる読者も度肝を抜かれるであろう。

「月の表面に小さな蛆が無数に湧いて、その蛆が月面に笑顔を形作っている。」

「表面だけ笑みの形を作った、見下すような蔑むような腐敗した気持ちの悪い笑顔だね。笑顔って言っても、ちっとも朗らかでもなんでもない。ただ不快な笑顔。僕は、そうやって嗤う月を見ながら歩いていたんだ。」

「十四夜月だか満月だか十六夜月だかわからないけれど、とにかく丸い。こんないやな顔の月をじっと見ていると、気が狂いそうになる。僕が月を見ているのか、月が僕を見ているのか。見つめ合っているのかなあ。だとしたら、気色悪いったらない。」

それから本作は複数視点で、様々な思想や愛憎が渦巻いているのもおもしろい。生きることの難しさであるとか、幸福とは何であるかとか、高度な主題が弁証法的に論じられもする。次の台詞は、自分の死生観の根幹を成していると言っても過言ではない。

「わからない、わからないよ。僕も。それに僕はもう引き返せない。ただね、人間が生まれるのは誰の責任でもないんだと思う。生き物は新しい生き物を作るように出来てるんだ。それに関しては、親も子供も悪くない。良くもないけど。そういう問題じゃなくて、ただ、そうなってるだけだよ」

 ちなみに御存知の御仁もおられようけれども、本作には続編が小説として出されている。が、読んだところ自分には蛇足というか無粋に思われた。本編における暗示的結末を、改めて明確に書き起こした、というのが自分の所感である。翻って言えば、本編の結末に消化不良の感を覚えた人は満足できるかもしれない。

 パッケージ版は中古価格が高騰していて、なかなか入手しがたいかもしれないが、DL版は安く購入できる。おまけに、一般的なフルプライス作品の半分か三分の一程度のボリュームなので、早ければ一日で読み終えられよう。成人諸氏は、是非手に取ってほしい。

CARNIVAL S.M.L https://www.dlsite.com/pro/work/=/product_id/VJ001614.html