ロリコン小説『ペピの体験』のこと

 少女を扱った小説というと、思い当るものは何であろうか。ロリータ・コンプレックスの由来ともなった、ナボコフによる『ロリータ』、ヌードも含めた少女の写真撮影を趣味としていたルイス・キャロルの『アリス』シリーズ、日本文学だと、古くは紫式部作の『源氏物語』、あとは田山花袋の『少女病』だとか、川端康成の『眠れる森の美女』だとか、それから少女小説と呼びならわされる分類があって、吉屋信子だとか尾崎翠だとか森茉莉だとか倉橋由美子だとかがその象徴的作家として挙げられる、等々、等々。

 この辺りもおもしろいのだが、もっと詳しい御仁がおられようと思う。少女を扱った小説として、自分が好きなもののひとつに、『ペピの体験』なる作品がある。オーストリアのウィーンにて、1908年に出版された好色文学である。正式な題名は、『ヨゼフィーネ・ムッツェンバッヒェル―あるウィーンの娼婦の身の上話』 (Josefine Mutzenbacher oder Die Geschichte einer Wienerischen Dirne von ihr selbst erzählt.)。海外の官能小説の翻訳シリーズである富士見ロマン文庫から翻訳が出ていて、この手の作品群の中では比較的有名なほうだ。匿名出版なので実際のところは不明だが、様々な文人が作者として憶測されている。基本的情報は、Wikipediaなどにも割と詳しく書かれている。

 筋としては、やがて一大高級娼婦となるペピの、少女時代における性体験の回想録である。7歳からヨゼフィーネ・ムッツェンバッヒェルことペピが、兄フランツとともに友人の兄妹に誘われ「パパとママごっこ」なる乱痴気騒ぎに興ずる。友人兄妹が引っ越した後も、ペピの性的な快楽への欲求はとどまることなく、近所の中年男や兵士、さらには神父や実の父に誘われたり誘ったりして、身体を重ねることとなる。

 ポルノとしても上質であるが、ひとつ興味を惹くに値するのは、このころから幼児を性的な存在として見なすような態度がある程度浸透していたことである。ルイス・キャロルには女児の写真を撮影する趣味があったが、当時においては、児童のヌード写真というのは無垢性の象徴として捉えられるのが一般的であったし、性的興味のもと撮影されていたかは不明であるので、キャロルがぺドフィリアだったというのもやはりあくまでひとつの仮説にとどまっている。

 けれどもこの『ペピの体験』が発表されたのは1908年とされていて、オーストリアの心理学者であるジークムント・フロイトが『性理論に関する三つのエッセイ』(Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie)で「幼児性欲」なる概念を提唱した後のことであった。人々の児童観に大いなる影響が及ぼされた事であろう。人文学に対する影響も顕著で、モダニズムと称される文学運動とフロイトの理論は密接に関連している。かかる好色文学が生み出され尚且つ評価されたのも、かかる背景によるところであろうと推察いたす次第である。